2009年1月 野田ゆたか自選俳句
林立のビルの聳ゆる初御空
春を待つ我を大きく陽が包む
日が射して風花光る金閣寺
雪を置く世阿弥遠流の島晴れて
寒とゆふ色無き山河風白し
又水に還る氷柱の雫急
一島の闇を深めて冬銀河
<この月の出来事>温室効果ガス観測衛星「いぶき」、東大阪宇宙開発協同組合が開発に関った「まいど1号」など8基の人工衛星を搭載したH-IIAロケット15号機が打ち上げ。
2009年2月 野田ゆたか自選俳句
真善美修めむとして座禅草
紅梅を隔てて妻の声弾む
盆梅の満開前と言ふ見頃
漆黒の闇を深めて猫の恋
えりを挿す大安と言ふ吉日に
逃げてゆく鬼も老いたり年の豆
晴天の湖冴返る碧さかな
<この月の出来事>パスポート発給時のハガキ提出をなくす・外務省
2009年3月 野田ゆたか自選俳句
対岸に夕日霞めり神の島
出づ地虫すぐには行方定まらず
蛇穴をするりと出でて夜を遊ぶ
芽柳や猿沢の池暮れ初むる
浦風に乾く目刺の匂ひかな
瀬の音の導く簗へ遡上鮎
霾や城に漢語の案内書
<この月の出来事>1985年の阪神タイガース優勝時に道頓堀川に投棄されたカーネル・サンダース人形が24年ぶりに再発見される。
2009年4月 野田ゆたか自選俳句
正秋忌過ぎて御堂に春惜む
夜桜の大樹枝垂るる七日月
余生とは今を生きゐる朝寝かな
山門の無き明るさに風光る
うららかや行基葺なる孝恩寺
湖渡る風に音あり松の花
登りきて雲上閣は花ぐもり
<この月の出来事>新型インフルエンザの世界的流行。WHOが、豚を起源とする新型インフルエンザが、人から人への感染が報告されたと発表。
2009年5月 野田ゆたか自選俳句
更衣すべて身軽に無位無冠
母の日やしみじみ母の丸き爪
踊子草風を大きくしてをりし
湖からの風飄々と麦の秋
鳳凰は翔びたつ構へ若葉風
新樹光削る鉋の一気引き
大琵琶の水存分に山法師
<この月の出来事>森光子主演の舞台「放浪記」が公演2,000回を達成。
2009年6月 野田ゆたか自選俳句
五月闇しろじろ航を曳く出船
古稀祝ふ京に河鹿の多重奏
梅雨傘のふたり小町の文塚に
聖域に衣を忘るゝ蛇のあり
薫風や東大寺へと歩を起す
万緑に塔を配して奈良の町
写るときいつも前列夏帽子
<この月の出来事>日本の月周回衛星「かぐや」が運用終了。
2009年7月 野田ゆたか自選俳句
大会をつなぐ涼しき会話あり
花はちす比叡の山に晴るる雲
未草窄みつつあり雨意の風
薬草苑香りを異に草いきれ
聞き流すことも世渡り含羞草
墨跡の余白涼しき詩の世界
離陸機の点となる空夕焼けて
<この月の出来事>Microsoft Windows 7の開発が完了。
2009年8月 野田ゆたか自選俳句
朝顔の空の明けゆく早さかな
投網打つ川の中にもある残暑
流星の後も見てゐる沖の船
久闊を叙しつ加はる踊りかな
迎鐘大往生の父に撞く
盂蘭盆会二本で足りぬ供養酒
試食にと醤油添へられ新豆腐
<この月の出来事>裁判員制度による裁判が東京地裁で行われた。
2009年9月 野田ゆたか自選俳句
そこだけに風が生れて萩の庭
白樺の馬車道狭ばめ吾亦紅
余生とは真白き未来蕎麦の花
梨食へば果汁零して旅日和
台風のそれて一番星の影
鰯雲湖より伸びて膳所城址
野の草の露結びゆく星明り
<この月の出来事>消費者庁発足。
2009年10月 野田ゆたか自選俳句
陶窯の攻焚に入る十三夜
竿を振る釣人芦の丈の中
奈良朝の宮の謎解き秋高し
重陽の立砂尖る賀茂の宮
束ねても束ねきれざる菊香かな
案山子にもファションモードありしかな
埠頭より続く野山の錦かな
<この月の出来事>アメリカの無人月探査機「エルクロス」が月面に衝突させ、生じた塵の観測結果から、月面に水が存在する証拠を確認。
2009年11月 野田ゆたか自選俳句
風音の闇深めゆく神の留守
青天へ噴く岳ひとつ冬に入る
里坊へ僧下り来る小春かな
時雨雲失せて徒歩旅日和かな
蓮根掘るエンジン音の休みなく
冬晴や釣竿宙に弧を描く
天辺の風疎に密に銀杏散る
<この月の出来事>バラク・オバマ米大統領が日本を初訪問。
2009年12月 野田ゆたか自選俳句
着ぶくれの袖寄せあげて濃墨摺る
声の張り戻して風邪の神去りぬ
焼藷を昼餉の後の別腹に
冬ざれを崩し寺苑の箒の目
菊枯れて水遣ホースとぐろ巻く
毒舌も美辞も受止め年忘
大年の昨日ともなく日暮れけり
<この月の出来事>俳優の森繁久彌に国民栄誉賞授与(没後追贈)。