１９９６年１月　野田ゆたか自選俳句

年賀状かの人の名を遂に見ず　　
末社まですべてを賽し初詣　　
新年に祝ぐ母刀自の来し方を　　
柊を挿して見えざる鬼払ふ　　
水仙の白暮れなずむ塩屋跡　　
造花にも揺らす風あり春近し　　
遊魚てふ凍湖に垂らす糸電話　　
　　
＜この月の出来事＞百武裕司さんが百武彗星を発見。
　　

　　
１９９６年２月　野田ゆたか自選俳句

離任地の梅の紅白眼に刻む　　
せせらぎて梅香流るる小川かな　　
句帳手に似たもの同士梅見かな　　
陽を集め水を集めてダムの春　　
太陽も山も草木も春の朝　　
雨ごとに色褪せゆける焼野かな　　
ブランチの彩りなりし春苺　　
　　
＜この月の出来事＞羽生善治が史上初の将棋のタイトル七冠独占を達成。
　　

　　
１９９６年３月　野田ゆたか自選俳句

無尽なる風の縦横お水取　　
卒業や雲は遥かに山を越ゆ　　
内裏雛生ある如く笑み給ふ　　
春水を沸して余る一人の餉　　
辞職者の去れる机に春の塵　　
ものの芽や名もなき吾も後を継ぐ　　
両岸に子らの歓声水ぬるむ　　
　　
＜この月の出来事＞薬害エイズ事件でミドリ十字が責任認めて謝罪。
　　

　　
１９９６年４月　野田ゆたか自選俳句

山葵田の見えていよいよ奥山に　　
つき通す嘘がまことに四月馬鹿　　
夜べの雨からりと晴れて桃の花　　
今日よりは急行止まる花の駅　　
ゆく春を二人でつつくもんじや焼　　
修験者を抱ける山の朧かな　　
さざ波の彩を違へて春の風　　
　　
＜この月の出来事＞国内初の商用検索サイト「Yahoo! JAPAN」がサービスを開始。
　　

　　
１９９６年５月　野田ゆたか自選俳句

キーを打つ指に五月の句が動く　　
袋角触れれば通ふ血のぬくみ　　
風さつと天辺走る榧若葉　　
町薄暑狭庭は風の通り道　　
一病と付き合ふ父の菊根付く　　
軽暖の雀遊べる水の渕　　
薔薇園のかをり流せる風の向き　　
　　
＜この月の出来事＞大阪・日生球場閉鎖。　
　　

　　
１９９６年６月　野田ゆたか自選俳句

一匹の蚊に遊ばれて寝もならず　　
誰に撞く釣鐘草の花の向き　　
つゆ晴間樋のたわみを修復す　　
田植機を操る乙女手甲して　　
古戦場尾の無き蜥蜴たゞ逃ぐる　　
梅天に聳へて高し天守閣　　
鮎竿を伸ばして気づく忘れ物　　
　　
＜この月の出来事＞全文を改正した「民事訴訟法」公布。
　　

　　
１９９６年７月　野田ゆたか自選俳句

雲の峰ぬきん出しより輝けり　　
日雷午後のアトリエひとりぼち　　
引く汗も山頂のものケルン積む　　
睡蓮や島の御堂は賑はひて　　
沙羅の花寺を親しきものとして　　
ともかくも汗を拭ひてからのこと　　
船祭果てゝ大川静もりぬ　　
　　　
＜この月の出来事＞Yahoo!ニュースのサービスが開始。
　　

　　
１９９６年８月　野田ゆたか自選俳句

朝顔やよべの言ひ訳せぬつもり　　
パソコンの机辺に色濃く秋来る　　
嫁ぎし娘父ここにあり星祭　　
大西瓜すぐ寮生にとりまかれ　　
流星を見たるふたりの間合かな　　
銀漢の下でネオンの魚泳ぐ　　
屋上に準備整ふ花火の日　　
　　　　
＜この月の出来事＞俳優・渥美清さん死去。
　　

１９９６年９月　野田ゆたか自選俳句

先生はでんぐり返し爽やかに　　
夢殿を出でてコスモス揺るる道　　
露けしと思ふ伽藍を通り来し　　
衣被衣脱がされて嬰の肌　　
台風の逸りて予定を立て直す　　
挿されしは見てきし原の芒かな　　
闇おりし沖にいざよふ月一つ　　
　　
＜この月の出来事＞地震により倒壊被害を受けた「阪神高速3号神戸線」が復旧。
　　

　　
１９９６年１０月　野田ゆたか自選俳句

とろろ汁茶碗の足りぬ頭数　　
宅配の品は見ずとも酸橘の香　　
身に入むや踏切脇の手向花　　
抜道に入りて嵯峨野の秋深し　　
巨神戦いま秋風の通りけり　　
秋雲を背に救助劇進行す　　
秋篠やどこかで木の実落つる音　　
　　
＜この月の出来事＞衆議院議員総選挙で小選挙区比例代表並立制を導入。
　　

　
１９９６年１１月　野田ゆたか自選俳句

朝日はや翳りて湖国冬に入る　　
被災地の復旧遅々と神無月　　
初霜や晴を約すと言ふ旅路　　
波尖る十一月の日本海　　
新海苔や少し熱めの朝の粥　　
神の留守護る連理の御神木　　
新海苔の香を確かめて味見して　　
　　
＜この月の出来事＞バンダイが「たまごっち」を発売。
　　

　　
１９９６年１２月　野田ゆたか自選俳句

水鳥の楚々として翔びたつ忌日　　
戎社に始まつている年用意　　
お日様はやさしと思ふ枇杷の花　　
旅の妻ふくを食べたと伝へ来る　　
急き仕事続けて受けて暮早し　　
冬木立縫ひ来し風の色白し　　
底冷や心が凍ててしまひさう　　
　　
＜この月の出来事＞厳島神社、原爆ドームが世界遺産に登録される。