1993年度 野田ゆたか/月例自選俳句 へ


1993年1月 野田ゆたか自選俳句

元日の零時の空の真ん丸く
打ち揃ふ刑事仲間ら初稽古
初射撃正鵠を射て空真蒼
初鶏の闇に向けたる気勢かな
雨音の雪となりゆく仮眠かな
冬ばらをい抱く力の配りかな
制服を洗濯に出し冬終る
  
<この月の出来事>東京都下でクロスボウの矢が刺さった「矢ガモ」騒動。
 

  
1993年2月 野田ゆたか自選俳句

欠勤の電話二人目春の風邪
元禄の香りを今に盆古梅
一火より末黒を広げゆく野焼
計画の二転三転春浅し
雨止みて酒蔵の町冴返る
お手打の罪を知らずや猫の恋
此までを生きしあかしの年の豆
  
<この月の出来事>X線天文観測衛星「あすか」を打上げ。
 

  
1993年3月 野田ゆたか自選俳句

ものの芽や根付きしものの逞しく
雨量計黄砂混じりを計量す
花かりん故郷遠くなるばかり
外道まで壷に落ちたり上り簗
蒲公英がこゝにあそこに日を返す
鴨群れて旅立つ気配漲げれり
踏青や足の向くまま駅舎まで
  
<この月の出来事>長野自動車道が全線開通。
 

  
1993年4月 野田ゆたか自選俳句

亀の鳴く虚実の谷の深かりし
花の闇深めて城のシルエット
かぶと煮を喰みて完食桜鯛
さくら咲き在署少なくなりにけり
菜の花や野末にひそと悲恋塚
花の道ここらあたりが府県境
咲く花のあしたを煽り日が沈む
  
<この月の出来事>花巻空港において着陸失敗事故・重軽傷者58名。
 

  
1993年5月 野田ゆたか自選俳句

夏の歯朶白むは風の通り道
更衣今日の出先は繁華街
山門に立てば寄せ来る若葉の気
柏餅数をそろへて句座幹事
降りさうな空を支へて花水木
五月鯉泳ぐ背筋の若々し
新緑の道果つところ湖展け
  
<この月の出来事>巨人、球団創設以来初の4000勝達成。
 

  
1993年6月 野田ゆたか自選俳句

むずかしき顔して虎魚捌かるる
鮎釣に来てまで句帳出してをり
一糸より罠仕掛けゆく女郎蜘蛛
雨蛙鳴き宿坊の夕仕度
嬰言葉所望は苺なりしかな
音たてて風通り抜く竹落葉
夏草の我がまま遂に刈尽す
  
<この月の出来事>皇太子徳仁親王と小和田雅子さんの結婚の儀。
  

  
1993年7月 野田ゆたか自選俳句

天道虫登り詰めれば空がある
なんとなく誘はれ出でし夜の秋
香水の瓶をポーチに旅鞄
雨が来てヨットの影を煙らせる
炎天と学舎は在りし日のままに
遠ざかる雷雨に見えて来し遠峰
夏といふ一塊解けて澄める湖
  
<この月の出来事>北海道南西沖地震。マグニチュード7.8、死者202人。
 

  
1993年8月 野田ゆたか自選俳句

下駄履きて踊デビューの孫娘
花木槿夕に凋むも今を生く
花蓼や湖の一辺暮れなずむ
蜩や刃体の痩せし菜包丁
閑居とは無声の世界走馬灯
桐一葉気力萎ゆれば身を退かな
郷捨てて町で踊つてをりにけり
  
<この月の出来事>東京都港区にレインボーブリッジが開通。
 

  
1993年9月 野田ゆたか自選俳句

御遷宮明り遠のき昭和失す
監房の窓一枚の良夜かな
コスモスの風は野暮とも風雅とも
観月に喫煙席のありにけり
ものの声木から草へと虫の秋
黄昏れて八千草揺るる風の道
古農具を展べて露けし会所跡
  
<この月の出来事>台風13号が鹿児島県薩摩半島に上陸。死者48名。
 

  
1993年10月 野田ゆたか自選俳句

ひつぢ田の色深めゆく萌黄色
ぽつぽつと熟れて金柑子沢山
やや寒や空すつきりと生駒山
行秋の空はどこかに雲を置く
ゆるゆると廻る風車の秋高し
一つもぎ爪で皮剥く熟柿かな
一献を良薬として重九かな

<この月の出来事>上皇后美智子さんが、心労で倒れ、失声症となる。
  

  
1993年11月 野田ゆたか自選俳句

また一つ座の閉ざされて冬の街
ラッシュ時のひと時過ぎて冬の駅
稲荷社に落葉積む音踏める音
烏もう蒔かれし麦を知つてをり
縁に出て足の爪つむ小春かな
解決の労には触れず木の葉髪
去れるもの風の如くに冬に入る
  
<この月の出来事>アメリカで、銃規制を目的としたブレイディ法が発効。
 

  
1993年12月 野田ゆたか自選俳句

ホイッスル吹ける婦警の息白し
マスクして言葉濁してしまひけり
ゆりかもめ陣なすことも戎橋
囲碁戦にはまり込みたる懐手
異邦の娘客送り出す冬の月
河豚さばく包丁使ひ細やかに
一年を一表にして事務納
  
<この月の出来事>新幹線が高速走行試験で425km/hを達成。