1991年度 野田ゆたか/月例自選俳句 へ


1991年1月の詠句 野田ゆたか

新年を祝ぎあの顔もこの顔も
六法を閉ぢて深まる寒の黙
御手洗の杓に汲取り寒の水
改めて四温の雨と思ふ町
矢板打つ仕事始めの風固し
初買は妻の誕生祝ふ花
咲き満たすしあわせの色福寿草
  
<この月の出来事>東京23区の電話番号が10桁に。
  

  
1991年2月の詠句 野田ゆたか

今日よりは二月の空の天守閣
海見ゆる町の酒蔵余寒なほ
晴と言ひ梅見日和と言ひ直す
五人目の欠席通知冴返る
振休日庁舎がらんと冴返る
電話番独りとなれば冴返る
梅の花散らして一羽たちにけり
  
<この月の出来事>美浜発電所の原子炉が自動停止事故。
  

  
1991年3月の詠句 野田ゆたか

雛あられ煎れて器に余りけり
城濠のさざ波立てり鴨帰る
上り簗小屋に休日なかりけり
春泥やぬた打つ鹿の嬉々として
春めくや母の菜畑が緑増す
一陣の風を纏ふる茅花かな
親が子を突き放すとき木々芽吹く
  
<この月の出来事>新幹線試作車が最高時速325.7km/hを記録。
  

  
1991年4月の詠句 野田ゆたか

観覧車花の雲海見て降りぬ
散る花に紛れて本音聞き漏らす
車座の空を広げて花筵
出支度は夕べのうちに朝寝夫
春の日がまあるく包む句集読む
春暁やあの人影は修道女
春風の間を待ち投網打つことも
  
<この月の出来事>東京都庁が新宿区に移転した。
  

  
1991年5月の詠句 野田ゆたか

ひ孫抱き刀自の笑顔も端午かな
更衣したるものみな軽し
走り茶の試飲の喉に穏やかさ
昼食はカレーと決まり庭若葉
通学に馴れしわらべや花は葉に
幅寄せの車窓に迫る花卯木
林泉は音を高めて若楓
  
<この月の出来事>東京ディズニーランドに1億人目の人が来園。
  

  
1991年6月の詠句 野田ゆたか

深煎りの珈琲の香と薫風と
写るときいつも後列夏帽子
紫陽花や留守の頓宮勤番所
薫風に乗せて経木の流さるる
蟻の道四五本跨ぎ来し墓前
刈草の匂つておりぬ夜の堤
一番星網戸の風に憩ひけり
  
<この月の出来事>雲仙普賢岳で大火砕流発生。
  

  
1991年7月の詠句 野田ゆたか

眩暈は何時も不意なり日雷
口止がはや洩れてをり心太
五歳ほど若く告げおりサングラス
柿青しエンジン吹かす整備工
改札を通つて行きし登山靴
我が影のすらりと伸びて朝涼し
荷を解きてやうやく庭の涼風に
  
<この月の出来事>ロンドンサミットが開幕。
  

  
1991年8月の詠句 野田ゆたか

終戦を語り継ぎきて盆の月
秋蝉や机上に褪せぬ備忘録
秋咲の明るき薔薇と出会ひけり
子らの声七夕笹を撓ませて
三兄弟長けて西瓜を譲り合ふ
坂のぼり行けば行くほど秋の底
花茗荷一つを母が持帰る
  
<この月の出来事>世界陸上東京大会でカール・ルイスが9秒86の世界新記録を達成。
  

  
1991年9月の詠句 野田ゆたか

城垣をねぐらと定め秋の蛇
秋草の刈伏せ匂ふ陽の残滓
秋ともし母の運針ひたすらに
口笛で暗譜確かむ秋の海
古團扇メモの一句が捨てきれず 
コスモスに歩のいざなはれ文殊堂
蛇まねて穴に入りたく思ふとき
  
<この月の出来事>アメリカ海軍の空母インディペンデンス、横須賀港に入港。
  

  
1991年10月の詠句 野田ゆたか

秋声を障子明かりに九体仏
近道を抜けてこられし草虱
禁酒より効果ありさう菊の酒
峡なればバスの触れゆく櫨紅葉
去るものに心が動く十三夜
騎馬巡査背筋をつんと時代祭
機械刈落穂は屑とみなされし
  
<この月の出来事>広島が5年ぶりにセ・リーグの優勝を決める。
  


1991年11月の詠句 野田ゆたか

凩や小さな木には低く吹く
綿虫の空にまぎれる光かな
大根干す生駒颪の通り道
小春日や河原に町の消防団
時雨傘差掛けられて初対面
散尽きし銀杏の空にある安堵
散る紅葉見てをり美しき思ひあり
  
<この月の出来事>日本電気(NEC)が「PC-9801NC」を発売。
  

  
1991年12月の詠句 野田ゆたか

罪なくて白菜どものくくらるる
再会の肩叩き合ふ息白し
枯菊の根つ子の命囲ひおく
魚屋の釣銭くれし手の冷た
休講とデモの思出おでん酒
寒月の音無き音を聞く家路
歌合戦始まり句作納めとす
  
<この月の出来事>ジュリアナ東京・スタイル流行。