1988年度 野田ゆたか/月例自選俳句 へ


1988年1月 野田ゆたか自選俳句

短冊に墨香を移す筆始
福を呼ぶ黒子ほつこり初鏡
来たと夫言ひて賀状を取りに立つ
正眼の竹刀瞬発初稽古
風神や心が凍ててしまひさう
水仙や駿馬が駆ける朝の牧
冬さうび挿して誕生祝はれし
  
<この月の出来事>東京メトロの全駅が禁煙となる。
  

  
1988年2月 野田ゆたか自選俳句

開店の茶房に春の光満つ
お早うの声に残れる寒さ消ゆ
雨上り来て梅林の香り初む
出支度を見合はせてゐる春時雨
シベリヤへ向きたる浜の余寒なほ
大焼野元は一火と言ふ農夫
節分の夜更て鬼の妻なりし
  
<この月の出来事>ファミコン用ソフト『ドラゴンクエストⅢ』の発売。
  

  
1988年3月 野田ゆたか自選俳句

山笑ふ延暦寺まで登り来し
巣つばめの家路はいつも一直線
朝の日に影を伸ばして牡丹の芽
土筆尽き草の匂ひの川堤
識別の微物鑑識黄砂選る
芽柳や源氏格子の今むかし
増築の竣工待てず燕来る
  
<この月の出来事>青函トンネル開通、青函連絡船の運航終了
  

  
1988年4月 野田ゆたか自選俳句

行春や野路に咲くもの尽くるもの
夏蜜柑置かれて留守の寮母室
夏近し苔の匂へるお夏塚
散る花の心を風が急かしめる
吾とともに楼門通る春の風
手折来て卓で咲かせし桜かな
酔つてゐる君の瞳と春の月
  
<この月の出来事>瀬戸大橋開通
  

  
1988年5月 野田ゆたか自選俳句

ふだん着の常の六甲緑さす
一歩出て挙手の敬礼夏ひつき
海芋咲き青春賛歌空に吐く
桐の花朝の日射しを欲しいまま
葉桜や花の名所といふ堤
新樹には吾を鼓舞する何かある
結界を解かれし終の牡丹かな
  
<この月の出来事>昭和天皇 体調を考慮され園遊会が中止される。
  

  
1988年6月 野田ゆたか自選俳句

菖蒲咲き今の任地を去る気なし
無防備を子に狙はれて草矢かな
弔句を敲き偲ぶこと明易し
青丹よし奈良の鹿の子は奔放に
毒蜘蛛を手にせし巡査とりまかれ
徒労との思ひ打消し草を引く
選挙戦時代が動く柿の花
  
<この月の出来事>東京ディズニーランドに5,555万5,555人目のゲストが来園。
  

  
1988年7月 野田ゆたか自選俳句

朝涼やすらりと伸びし己が影
道をしへ人との間合保ちをり
滝音の聞こえて記憶つながりぬ
席に着き香水の香に囚われる
蝉時雨包みて午後の投票所
片陰に己の影を引入れぬ
染筆の手元涼しく拝しけり
  
<この月の出来事>北陸自動車道が全線開通>
  

  
1988年8月 野田ゆたか自選俳句

朝顔や疲れ知らずが咲競ふ
上達を念じて洗ふ硯かな
流星やしがらみ捨てて美しき
針仕事今も達者に生身魂
踊場へ向かふふたりの下駄の音
盆の月ここにも偲ぶ祈りあり
星今宵自転車で来し人の声
  
<この月の出来事>イラン・イラク戦争停戦
  

  
1988年9月 野田ゆたか自選俳句

渋滞は峠の霧と気付くまで
捨置かる古刹礎石の露けしき
震災忌職場は街の警察署
水澄みて対岸よりの列車音
早生梨の歪みの多様よき個性
台風の過ぎて長靴まだ脱げず
沈黙も一つの意志や鳴かぬ虫
  
<この月の出来事>韓国のソウルでオリンピック開催
  

  
1988年10月 野田ゆたか自選俳句

椎の実の零れだしたる杜の空
洗顔の水の冷やこさ小鳥来る
記念樹の紅葉初めたる青き空
新酒会句ごころ家に置きて来し
実南天映えて厳下の手洗所
柴犬のぬつと現る芦の原
丁寧に笹がきにして新牛蒡
  
<この月の出来事>ボードゲームの世界選手権日本人が初優勝
  

  
1988年11月 野田ゆたか自選俳句

石蕗の花フランス風の庭ひそと
花やつで手話の交番たまに留守
落葉して天底抜けの並木道
神の旅こたびも同じ道とほり
誘はれて誘ひて湯への落葉道
濡落葉転ばぬやうに石跨ぐ
大根の煮あがる匂ひ夕間詰
  
<この月の出来事>アメリカ大統領選挙ブッシュ氏が勝利
  

  
1988年12月 野田ゆたか自選俳句

初雪を被り鮮魚車東京へ
満天の星尖りゆく師走かな
助手席へ焚火の匂ひ持込みぬ
虎落笛嬰に湿度を保つ部屋
見回の音なきに聞き霜の声
空席の一つを詰めて年忘
喜びも悲しみも閉ぢ日記果つ
  
<この月の出来事>消費税導入法案が成立。